" 一 人 ぼ っ ち "

平成 8年 8月
大汝小屋にて


 95年7月24日、恒例の立山移動運用でした。コンディションも良く、

各エリアとのQSO(430メガヘルツ)も一段落し、夕食も済ませ、さて

夜の部にとリグの前に座ったら、

  「 内山さん 風呂へ行きませんか? 」

  「 ウン 行こ行こ 」

と、軽く言ったものの、

  「 どこへ? 」

  「 野菜と肉も欲しいので雷鳥荘まで 」

  「 パスします 」

  「 内山さんは忙しいそうだし 私一人で行ってきます 」


 彼(アンチャン)を紹介しておきます。年の頃25歳位。神奈川県出身、

独身のフリーター。 昨年も世話になり顔なじみです。 アンチャンは背負子に

大きな発泡スチロールの箱を縛り、手に大きな懐中電灯を持って、

  「 じゃ行ってきます 留守番お願いします もっとも、夜は誰も

    こないと思いますがね 」

 夜の8時にサッサと富士の折立の方からスバシリを降りて雷鳥荘へ。

帰りは一の越しから登ってくると言って、月明かりの中から闇に消えていき

ました。


 空は満天の星、夜の部のスタートです。

たちまちパイル、パイル、パイル!

外は気温1℃。吐く息は白く、放射冷却でしょう。もちろん小屋の中は

1日中ストーブは欠かせません。

 何時間やったのかと時間を見ると、もう午前1時。パイルの連続で舌が

もつれ、マイクで言っていることと書いていること(コールと数字)が

違いだしましたので、各局にファイナルを送り、明日に期待し閉局しました。 
    

 とたんに自分がこの山で一人であることに気づき、ゾゾゾー。耳がすごく

敏感になる自分に驚きます。

かすかな風の音、発電機の音、自分が歩くスリッパの音・・・

発電機を止めて、小屋の窓を見上げて

  「 しまった !  」 

窓が空いたままだったのです。 手探りでハシゴを登り、わがロイヤル

スイートルームの布団に滑り込み、

  「 ひぇー 」

その中の冷たいのなんのって、この夏の真夜中に足と足を擦りながら震えて

いて眠れません。


 枕元に430Mのハンディー機を置き、ラジオ代わりに聞いていると

そのうちに生理現象を催し、四つんばいになってハシゴの方へ

  「 ガーン 」

柱に頭を打ち、目から星チラチラ。

  「 ついてねえなぁ 」

とソロリソロリ。ハシゴを降り、板張りのトイレへ。

  「 ミシ ミシ 」

ゾクゾクッ。


 と、その時、

  「 カラン コロ コロ カラ カラ 」

小石が転がる音。

  「 ヨイショ ヨイショ 」

時に午前3時、

  「 アンチャンだ! 」


 手探りでストーブの横の椅子に座り、タバコに火をつけて待っていま

したが、アンチャンはなかなか現れない。2本目に火をつけて外を見て

いると、アンチャンは小屋の10m程手前の岩の上に立ってジーッとして

います。

その内、小屋の周りを1周します。 又、岩の上でジーッとこちらを見て

います。 小屋の中は真っ暗闇で戸を開けてオイデ、オイデをしたら、

アンチャンは岩の上へ座り込んでしまい、

  「 アンチャン どうしたんだよ 早く入られんか 」

  「 ああ びっくりしたもう〜 」

今までアンチャンは恐怖と不安と心細さで抑圧された言葉が、一度に

機関銃のごとくごとく。

  「 ああ〜びっくりした〜 だって内山さんは寝ているもんだと 

    思っているし、赤い火が動いているし、黒い影も動いている

    し、オイデオイデしているし 今から引き返して雄山の社務

    所で泊めてもらおうと考えましたよ。本当に腰が抜けました

    よ アハハハハハ 」


 アンチャンの顔は、月明かりで見るとひきつっていて目はウルウル、

最後は言葉になっていません。

  「 アワワワ・・・ 」 

その場で男同士が訳も無く抱き合って大笑い・・・。小屋に入り、

ビールで乾杯(何の乾杯だったかな)。アンチャンはまだ興奮から醒

めていません。 思い出しては椅子から転がり落ちて、

  「 ワハハハハハハ 」 

人間は孤独では生きていけないと思いました。又、こんな小屋で何日

も泊まり客が無い時は、無性に人恋しくなると思います。もう午前4

時、日の出の時刻が近づき、夜が白み長〜い一日でした。


 今思えばアンチャンに悪い事をしたなあと反省しています。

96年7月29日、約束どおり山小屋に来ましたが、もうアンチャン

はいません。

     「 俺のせいだったかなぁ ごめんごめん 」

 最後に、アンチャンがどこに居ようとも、幸あらんことを祈ってエール

を贈ろう。

フレーフレー アンチャン フレーフレー アンチャン ありがとう 

ありがとう アンチャン。



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