"こ だ ま"

平成 8年 8月
大汝小屋にて

  
 ふるさとの山に向かいて言うことなし

私は若い頃、東京へ10年くらい行っていましたので、帰郷した時には、

海 ・ 山に向かってバンザイしたことを・・・

 例年の立山運用でのことです。ある日の午後3時頃だったと思いますが、

40歳位の男性が 小屋に入るなり、

  「 大汝のピークはどこですか? 」

と。 私は、

  「 あそこですよ 」

と言うと、背中のリュックを降ろし、サッサとピークに登り、黒部湖の方に

向かって、

  「 バ カ ヤ ロー 」

と3回大声で怒鳴っているのです。私とアンチャンは、その様子を小屋の

入口で見ていました。男は下ってきて、

  「 あー スッキリしました 」

と、缶コーヒーをうまそうに飲んで、

  「 ありがとう 」

とニコニコして

  「 これで室堂へ下ります・・・ 」と。

 人は色々のシガラミや苦悩を背負って登り、この山に捨てに来るのかなぁ

と思いました。


 この日の夕方近く、4人組みのオバタリアンがピークで黄色い声で、

  「 ヤッホー ヤッホー 」

とハモッているのでした。 最初は微笑ましく聞いていましたが、次は

  「 オーイ オーイ 」

で、最後は やはり、

  「 バ カ ヤ ロー 」

でした。ワイワイ、ガヤガヤ言いながら小屋に入り、

  「 トイレはどこ? 」 

  「 ビールない? 」

  「 乾杯しましょう! 」

3人で姦しいと言うが、4人ですからそれはそれは・・・。

  「 あなた こんなところで何をしているんですか? 」

と、いよいよ私に質問ぜめです。QSOどころではありません。各局にQRT

を出し、オバタリアンとのQSOになりました。こちらは2人、相手は4人。

恥ずかしがり屋の私とアンチャンでは、とても歯が立ちません。そして、

  「 最後の あのバ・カ・ヤ・ローはどうして? 」

と聞いたところ、4人は顔を見合わせて、

  「 亭主のことよ 」

  「 ア ッ ハ ハ ハ 」

恐ろしきかなオバタリアン!!

山の上の開放感からそう言わせるのでしょうか。いまだにわかりません。

混迷の世の中、さぞ黒部湖の底、谷間には「こだま」のかたまりが、漂って、

詰まっていることでしょう。



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